2015.09.20

痛風治療について

R0113671

 自分にはいろいろと持病というものがある。花粉症、強度近視、老眼、緑内障、アテローマ、十二指腸潰瘍(痕跡のみ)、腎結石(5mm)、上顎洞炎、脂漏性皮膚炎、痛風などだ。今回はその痛風のことを書きたい。
 下に健康診断での血中尿酸値(UA)の値の推移を載せたので分かると思うが、20年以上前から高尿酸血症だった。稀に7.0を切ることはあったが基本的に7.5以上、最高8.6だ。男性が感じる最高度の激痛ともいわれる痛風発作をいつ起こしてもよい状況だ。だが、幸いにも痛風の発作は経験していなかったので何の治療もしてこなかった。
 2011年9月の値(矢印①)を見てほしい。5.3。これ正常値である。いったい何があったのか?
 遂に治療を開始したのだ。2011年の年初に初めて小発作を経験したのだ。これまた幸いにも激痛ではなくしくしく痛む程度だったのだが、右脚親指の付け根というどんぴしゃの部位だったのですぐに痛風発作と分かった。このため、整形外科(神経鞘腫を手術してもらった同じ病院の同じ科)で見てもらい、薬物治療を開始することとしユリノームという薬を処方してもらった。腎臓でいったん排出した尿酸を尿管から再吸収するのを阻害するという機序の薬だ。これを始めたのが2011年2月ごろ。
そして人間ドックがあったのが半年後の9月。数値を再度見てほしい。こんどはGOT,GPT,γGPTの数値を(矢印①)。
 尿酸値が正常になったのに引き換え、肝機能が異常値を示している。人間ドックの結果ではなんと「肝機能障害」と指摘された。過去の肝機能の数値を見てほしい。異常値を示したことはたった一度だけである。本人はまったく不具合を感じなかったのでただただびっくりだった。どうしたことか。一体何故だ。急に酒乱になったわけでもなく、何かの病気をしたわけでもない、まったく心当たりがないのである。この数字を前にして、整形外科の主治医といろいろ頭を悩ませた結果辿りついたのが、ここ半年で新しくのみ始めたユリノームによる副作用の可能性だ。この薬を飲み始めたことだけしか生活に変化がまったくなかったからだ。いろいろと調べた結果、劇症肝炎で死亡例が出ていることまで分かった。より詳しく調べるために整形外科から内科に移され、結局はユリノームを止めることとなった。
 翌年以降、尿酸値も肝機能も前と同じように戻ったのが分かるだろう(矢印②)。肝機能が戻らなかったらどうしよう。肝炎から肝硬変、肝臓ガンなどに推移したらどうしようなどと大変不安になっていたので回復して本当にほっとした。この時、薬の副作用の恐ろしさを初めて実感した。
 この当時いろいろと痛風について調べ、こんな素晴らしい研究結果に出会うことができた。自分の体を使った実践的・専門的研究であり、この納光弘先生には大拍手を送りたい。痛風持ちの人は是非読んでみてほしい。ただ、出来うるならば、10年以上たつので新薬についても研究してもらえたら嬉しいところ。
 その後も、小発作は時々あったが幸いなことに激痛は感じなかったので、薬なしで我慢していた。しかしやがて、小発作の間隔が縮まり(5/18,5/20,6/4,6/7)、中発作(5/20)も出るようになった今年初夏、ついに観念して、別の専門医を訪れた。ユリノームによる肝炎のことも含め、過去のすべての測定値を携えて。血液検査・尿検査・足や手のレントゲン検査など行い、話をじっくり聞いてくれてから、いい薬が出てるんですよ。試してみましょう。と言って処方されたのが帝人ファーマ『フェブリク』である。尿酸の体内での生成を抑制する機能を持つ新薬だ。これの10mgをのみ始めたのが6月。
痛風は山に大量に降り積もった雪が耐えられなくなって雪崩を起こすことに例えられる。降雪量が尿酸値だ。降雪量がいかに高くても雪崩が起きなければ発作は起きない。薬を飲むと各所の関節に溜まった尿酸結晶を溶かす。高く積もった雪が高温に晒されると一気に解けて雪崩を起こすのと同じように薬によって急に尿酸値を下げ過ぎてはいけない。却って発作を起こすからだ。高く積もった雪は徐々に徐々に年単位の期間をかけて融かす。したがって、フェブリクの処方は10mgから20mg、そして40mgと数値を見ながら徐々に上げてゆく。目標尿酸値は6.0未満だ。
 フェブリクを飲み始めるときはこうした発作予防のためコルヒチンも飲んだ。ひと月して血液検査してみたところ、6.1とpretty goodな数字になっていた(矢印③)。また肝機能を含めて他の数値に異常は見られず、体調も問題なかった。副作用なしというのは嬉しい。20mgに上げるかどうかひとしきり悩んで主治医はさらに2ヶ月10mgで行ってみましょうということにした。コルヒチンはなしにし、少し余っていたコルヒチンは発作の予感を感じた時に飲む発作予防薬としてとっておくこととなった。
  そしてこの9月、2ヶ月たったので通院したところ、UAが5.8とexcellentな値になっていた(矢印④)。また前回少し気になったTG(トリグリセライド:中性脂肪)も正常値になっており(これを確かめるため今回は朝食抜きにした)、薬害の兆候も見られないことから、フェブリクで問題なし。また薬の量についても自分の場合はフェブリク20mgや40mgへ増やす必要はなく10mgで十分であろうということで、また今後2ヶ月10mgで様子を見ることになった。このままUAがアンダー6を保つならばフェブリク10mgをず~っと飲み続けるということになるのだろう。ということで痛風は新薬フェブリクのおかげで一件落着となった模様。

UA正常値:4.0~7.0
GOT正常値:10~34
GPT正常値:5~46
γ-GPT正常値:8~61

検診日       UA    GOT GPT γ-GTP
2015年9月   5.8←④  28 21 25 
2015年7月   6.1←③  27 20 23 
2015年6月   8.0    - - -
2014年10月  7.4    31 28 19
2014年7月   6.8    29 18 23
2013年10月  8.5    29 27 23
2012年7月   7.6    35 30 22    ←②
2011年12月 8.2   39 35 62
2011年9月   5.3    91 164 70  ←①
2010年9月   7.3    24 18 21
2009年10月 7.9    23 19 22
2008年8月   7.4    21 21 21
2007年10月  7.6    21 20 20
2006年9月   6.9    21 20 21
2005年9月   7.8    41 25 24
2004年9月   7.6    20 21 21
2003年12月  7.2    - - -
2003年9月    8.0    19 15 14
2002年9月   7.7    19 13 12
2001年9月   8.6    22 19 13
2000年9月   6.9    23 17 14
1999年9月    7.3    21 16 13
1998年9月    8.6    26 17 13
1997年6月   -       - - -
1996年6月   -      23  20 15
1995年6月   -       - - -
1994年5月   7.5    21 15 14

| | コメント (0)

2015.05.29

道志水源林ボランティア報告#62【怪我】

R0110121

5月20日水曜日は道志水源林ボランティア活動に参加してきた。今年2度目の活動である。沢沿いで足場の非常に悪い現場で形の悪いヒノキをたくさん間伐した。まっすぐな樹はほとんどなく、なぜか途中からひん曲がった樹ばかり。どういう外力がかかるとこうなるのか不思議だった。いつものように作業をして無事終了のはずだったが、今回はそうはいかなかった。自分が怪我をしたのだ。その報告をしたい。

 【状況】午後、直径16cmほどのヒノキを抜倒後にメンバーが枝払い中に自分は4m地点で玉切をしようとして腰を据えて、右手に持ったノコギリの刃の位置を決定しようとしていた。左手は刃の位置の左15cmほどに置いていた。そこに他のメンバーが払い終えた枝をまとめて右側から左方向に持って行った。その際にその枝葉が自分の鋸の刃に少し引っかかり左に持って行かれ自分の左手の上にトンと乗った。手の上に一瞬軽く落ちただけである。
 【患部】左手甲側の人差し指の根元の関節(第三関節)の一番突出したところ。傷口はくの字型の4mm程度の一箇所と、やや離れて1mm程度の極小の傷口(こちらは特に問題なし)。
 【出血】刃が当たりいやな痛みを感じたので即座に手袋をはずし、確認したところ小さな傷があり、少し出血していた。しばらく口で血を吸い、血が止まるまで口にあてていた。インストラクターが気付き、すぐにバンドエイドを取りに走ってくれた。直後に自分でバンドエイドを持っていたことに気付き、リュックに戻って傷口にバンドエイドを貼った。その後救急箱からバンドエイドを持って来てくれたので、替え用として受け取った。しばらくして血が止まったようなので手袋をして作業に戻った。左手が痛むのでやや強度を緩めて働いた。このあたりまではちょっとした切り傷と思っており、深刻にはまったく考えていなかった。
 【赤くなってきた】その後、再度出血したのでバンドエイドを一度貼り替えたが、帰宅時には患部が少し赤くなってきており鈍い痛みが強くなっていた。
 【帰宅後】自宅では患部を水で洗い、家じゅう探しまくってやっと見つけた消毒用エタノールをじゃぶじゃぶかけて消毒した(傷口を開いたわけではない)。大きめのバンドエイドに張り替えた。感染症が怖いのでいろいろ調べて、この冬にもらって余っていたクラリスロマイシンを探し当て飲んでおいた。
 【外科に】翌日木曜日は患部の腫れが広がっていて人差し指だけでなく中指付近まで赤くなり手の甲の1/4ほどになった。シャツのボタンを留めるのも、靴の紐を結ぶのも指一本のおかげで困難。このままではまずいと観念して近くの病院に行った。出血は止まり傷口もほとんど閉じていたが、医者は傷口を再度開き、傷口の中に細い器具を差し込んでじゃぶじゃぶと洗浄・消毒をした。凄く痛かった。傷口の幅は狭いが、深かったそうだ。その後抗生物質の軟膏をタップリ塗り、バンドエイドをしてくれた。セフゾン内服薬ゲンタシン軟膏を処方された。
 【どんどん腫れてくる】木曜日は昼夜と薬を飲んだが、夜になると腫れが広がり、左右の手を比べると一目で違いが分かる状態に。左手の甲ほぼ全体が腫れてきた。手の甲の静脈が見えないし、全体に赤い。夕食時家族に見せたら目をむいて、病院でバンドエイド貼るってありないでしょとダメだしされた。家庭用バンドエイドだし、たしかに病院らしくない。
 【腫れが引かない】金曜日は出社したが午後になるとさらに腫れてきたので、会社近くの外科を探して駆け込んだ。医者は患部を一目見てこれはまずいですねと顔を曇らせ、抗生物質の静脈注射(セフォアチム塩酸塩静注用0.25gx250mg、大塚生食注20ml)をしてくれた。失神したことがあるのでとお願いして寝てやってもらった。途中で「あ!漏れた!」とのことで再度針を刺し直して2度痛いめを我慢することになった。内服薬は5日分処方されているため薬の処方は無かった。バンドエイドではなくキズパワーパッドを貼ってくれ、月曜日まではがすなということだった。
 【不自由】ぱんぱんの左手を抱えながら満員電車で帰宅。左手人差し指が曲げられないのと患部が痛むのと患部がよくものに当たる部位のため左手がほとんど使えなくなった。パソコンのキーボードは左手は親指と薬指、小指の3本だけ。ドアをあけるのも定期を取り出すのも定期をかざすのも、すべて痛む。
 【どうしよう】金曜日の夜寝るときはぱんぱんに腫れた左手を抱くようにして床についたが、凄く不安だった。朝起きて、あるいは夜中に痛みで目がさめて、左手の肘から先がゾウのように膨らんで指も曲げられないようになっていたらどうしよう。抗生物質があってないのではないか?自分の免疫だけだ頼りなのか。命を守るために肘から先を切断しますなんて言われたらどうしよう。ああ~不安だ。感染症の患者はみなこんな不安を感じるんだなと思った。
 【快方に向かう】土曜日の朝はやや腫れが引いていた。痛みも悪化していない。ほっとした。やった~!快方に向かっているように初めて実感することができて嬉しかった。だがまだ腫れも痛みもあり指もまだ曲がらない。きちんと薬を飲む。キズパワーパッドは丈夫そうだ。しかし、まだ顔を洗うのも歯を磨くのも、ぜんぶ響く。一日おとなしめに過ごした。
日曜日は腫れがだいぶ引き、左右の手の差が分からない程度になってきた。午後はランをする気になったのでゆるゆるながらペース走を12kmほどして、なんの問題もなかった。
 【安堵】月曜日、会社近くの外科を再訪。キズパワーパッドを外して見て、医者が「ああ、これは大丈夫」と言ってくれた。腫れも赤みも膿もなく、傷口も閉じているということが分かった。消毒しパッドを貼り替え、セフゾンの残りが後3個というと、新しく別の薬を処方してくれた。ファロム三日分。細菌の細胞壁の合成を阻害することで菌を殺すという薬だそうだ。
その後徐々に痛みの減ってゆき、木曜日にはキズパワーパッドを外した。まだつっぱり感はあるが、やがて完治するだろう。

 【教訓】刃物による傷はなるべく早く傷口を開いて洗浄消毒すべし。そしてなるべく早く病院へ行くべし。鋸による傷は小さくても深いので日常生活の切り傷とは違う。鋸は鋭利な刃物であり、怪我をすると酷いことになるリスクが大きいことを再認識すべし。革手袋をしていても鋸の刃はやすやすと通り抜けるのだ。下に3年前のボランティア活動でノコの刃の目立てをしたときの写真を載せる。驚くほど鋭角に尖っている。これが手にトンと落ちると言うことはナイフを突き立てるのと同じだ。

R0079184

| | コメント (2)

2015.01.31

スギの雄花@四季の森公園

C0086697

C0086689

 2015年に入ってすぐからときおり、突然鼻水がツツーと流れ出す症状が出ている。花粉症だ。電車に乗っていて突然鼻水が垂れるなどするためとっても困る。例年になく早く強い症状だと思う。そういうわけでケトチフェンフマル酸塩の服用を始めている。
さて、四季の森公園にもスギの大木がけっこうあるのでその様子をチェックしてみた。花粉を出すのは雄花だ。スギは雌雄同株なので雄花も雌花もあるはずだ。雄花を撮影してみたが遠くて細かくは分からない。だいぶ膨らんでいるようなのでもう花粉を出しているのかもしれない。ただ現場では特に症状は出なかった。
 下はおまけのヒガンバナの葉。この時期の葉はとても元気で一年分のエネルギーをため込んでいるのだと思う。天の邪鬼なのでこんな時期にヒガンバナを紹介したくなる。
1月25日、四季の森公園にて

R0106567

| | コメント (2)

2014.12.21

ジョウビタキ♀@新治市民の森

C0081570

この一週間はインフルエンザに苦しんだ最悪な週だった。そもそもの始まりは日曜日の夕方。ランのあとシャワーを浴びてさっぱりし、くつろいでいた時のこと。なんとなく背中に寒気を感じ、いつもより暖かくして休んだのであった。
月曜日は野暮用のためもともと休み。午前中あっち行きこっち行きして用を済ませた。しかし、この時から体の節々が痛み、軽い頭痛がし、たぶん発熱が始まっていたと思われる。歩みもゆっくりとしか出来なくなってゆく。
昼ごろ帰宅してぐったりとなった。熱を測ると38.7度。再度外出して病院に行く力もなく、布団を敷いて寝る。ペットボトルのお茶を枕に置き、水分補給に努めた。
翌火曜日、高熱でふらふらの中、病院に電話してインフルエンザの検査をやってくれるか確かめてからとぼとぼと通院。話が通っていたためスムーズに別室へ通されて一般患者とは隔離され、検査してもらったところインフルエンザA香港型とくっきりと判明。
リレンザその他を処方してもらう。薬局に寄ってから帰宅し、即リレンザしてから布団へ直行。
感染後多少おそかったためか即効性はなかったが翌朝には高熱は治まった。その後水木金とほぼ寝て暮らす。最初は布団から出るのもままならなかったのがだんだん食べられるようになり、風呂にも入れるようになり、徐々に元に戻って行った。
だが、日曜日現在でも顔を洗うと顔がだいぶほっそりしているのが感じられ、測ってはいないが体重はだいぶ落ちていると思われる。毎シーズン予防接種を受けているのだが、今年は時期が遅かったかもしれない。
さて、本日日曜日は外出できるようにしておかないと月曜日からの通勤はおぼつかない。やや晴れたこともあり、新治にクリスマストンボを探しに行ってきた。暖かい服装で、ママチャリをゆるゆると漕いでゆっくりめに行った。
前回マユタテアカネを見つけた田んぼで30分ほど粘ってみたが、曇りが取れず、トンボ現れず。次にB6.5の田んぼに移動するも、こちらもダメ。ミナミカマバエとかオケラなど見つからないか探したが見つからず、ムラサキツバメあたりも探してみたがこれも無し。
12時過ぎに晴れ間が出てきたが変わらず。ということで本日はまさかのタコとなった。
しかたないのでジョウビタキ♀でも紹介しておく。
12月21日、新治市民の森にて

| | コメント (0)

2014.10.01

ナツアカネ♀@北八朔公園

C0068885

金曜日あたりから風邪気味になってしまった。最初は全身の寒気から始まり、徐々に喉の痛み、鼻の奥の痛み、そして微熱。金曜日の夜は鼻水、くしゃみに軽い頭痛。土曜日は全身のだるさ、寒気、喉鼻の痛み、鼻づまり。アセトアミノフェン、ナシビンなどでなんとかしのぎ日曜日は北八朔公園に行ってきた。大人しく寝ていればいいのに、この良い時期に晴天だとどうしても我慢できないのだ。こっちの方が病気かもしれないが。
公園の水辺や周辺は赤トンボ祭状態になっていて、報われた。
上はナツアカネ成熟♀。大きく膨らんだ腹部にはたくさんの卵が受精と産卵を待っているのだろう。
9月28日、北八朔公園にて

| | コメント (0)

2013.03.26

大山登山マラソン2013リタイヤ顛末記

第28回大山登山マラソンに出場し、途中でリタイヤして約2週間。心の傷も癒え、体のダメージもほぼ完治した。レース直後にそっけない記事を書いたが、それ以降に思い出したことなど含めて、リタイヤの顛末を残しておこうと思う。ひとつは自分の反省として、またもうひとつは自分が経験したリタイヤを他のランナーにも共有して何かの役にたててほしいと思うからだ。

まずは基本的な情報から
天候
当日の気温伊勢原小学校で24℃、下社ゴール地点で18℃と高かった。天気も良く、日差しは強かった。ついでに風も強かった。例年はもっと気温が低いため寒さ対策ばかり考えていたが、暑さ対策は特に考えていなかった。

ウェア
ロングタイツ+短パン、フラッドラッシュメッシュスキン半袖シャツ+長袖Tシャツ、手袋、キャップ、手荷物用にCCPライクラサコッシュを首から右脇に掛けてビニール袋に入れた小タオルを入れた。気温が高そうなのでゴール後の汗拭き用としてだ。毎年恒例で右手にコンパクトデジカメRICHO CX5を持って走った。半袖Tシャツで走っているランナーもいたが、長袖でも暑くはなかった。

朝食
鴨居の松屋でカレー+伊勢原駅のドトールでチリミートドッグのセット。これも例年とほぼ同じ。

薬品
花粉症のためザジテン内服薬を服用中。右腰が痛んだ時の予防としてロキソニンをスタート1.5時間前にのんだ。前日、当日の体調は全く問題なく元気ピンピンだった。

事前のトレーニング
3/3 15km ほぼ全力走 1:10'07" 169A 183M ○3.8kg
2/23 15km ほぼ全力走 1:10'20" 168A 180M ○3.8kg
2/16 16km ペース走     1:19'5"   161A 179M ○4.4kg
2/14 15km ビルドアップ 1:11'53" 165A 182M ○3.8kg
.....
60分切りを目指すのにふさわしいトレーニングをしてきたと思う。

意気ごみ
60分切りの強い意志をもっていた。

ARES GPS計測値(どうやってストップボタンを押したのか全く思いだせないが、ちゃんと残っていた)
1km 4'17"  4'17"  159ave  ←想定より20秒ほど速い
2km 4'35"  8'52"  172    ←これもやや速い
3km 4'52"  13'44" 178    ←想定程度
4km 5'03"  18'47" 180    ←想定程度
5km 5'38"  24'25" 183    ←想定より20秒ほど遅い
6km 5'29"  29'54" 185    ←想定より10秒ほど遅い
7km 7'08"  37'02" 185    ←想定より40秒ほども遅い
8km 11'45" 48'47" 182    ←想定より3分半も遅く、ほとんど歩いていたものと思う
8.3km 4'37"  53'24" 185   ←300mほどのタイム。ほとんど歩いていたと思われる
8.28km 53'24" Heart Rate 179Ave 193Max
Low 37m High 487m
speed High 14.80km/h Low 3.27km/h
前半突っ込み過ぎて、後半の石段まで持たなかったと言えよう。心拍数は超高過ぎ。頑張り過ぎた。

後遺症
右足親指のあちこちに内出血、爪の1/4が黒い。力を入れると痛いので普通に歩けない。ふくらはぎの筋肉痛。月曜日夕方まで舌の奥に鈍い口渇感。月曜日昼まで軽い頭痛。爪の黒以外はすべて解消済。ふくらはぎは登りで酷使したため(東京タワー階段ランでふともも前面が筋肉痛になったのは下りを飛び跳ねて降りたためと分かった)。今回は太ももにダメージ無し。
--------------------------------------------------------------------

スタート直後からかなり速めに走ったが、周りのランナーもそれ以上の頑張りで猛烈に飛ばしていたので緩めることが出来なかった。周りが速かったのは気温が高かったからだろうか。1㎞地点でラップを見て、速すぎと思ったが、待ちそうだと思い、ペースを維持した。かなり苦しかったが頑張って走り、戦国武将姿の応援などに応えたりした。当初の余裕を食いつぶしながらだんだん想定ペースを保てなくなってゆき、これはまずいぞなどと思いながらバス停あたりを通ったところはまだ意識はしっかりしていたと思う。記憶が薄れてきたのはバス停以降のみやげもの街あたりから。左右にふらふらして転びそうになりながら走った記憶がかすかにあるがこれは後日思い出したこと。途中までは応援してくれていた沿道の人たちに手を振ったり、ありがとーとか叫んだりした記憶はある。ケーブルカー駅以降の石段はほとんど記憶なし。倒れていた場所でどういうふうに止まったのか、止められたのか倒れこんだのか、などまったくわからない。とにかく給水所のマットに寝ている状態の時に意識が戻った。

その時の症状としては意識が朦朧としていた。直前の記憶がない。自分が何故ここで寝かされているのか最初まったくわけがわからなかった。見当識がない。デジカメの電源ボタンが分からないので撮影できない。ランウォッチARES GPSのストップボタンが分からない。適当にボタンを押していたら見たこともないモードになってしまいこれは再設定になるかもしれないと思ったりした。全身に汗はかいていたが、正常な程度だった。ふくらはぎや太ももに痙攣あり。手に持っていたコンデジはなんの損傷もなかった。転んだ形跡はなかった。が、一か所右足の親指を激しくぶつけたらしく、爪や第一関節あたりに内出血していた。現場では痛みはほとんど感じていなかった。頭痛はない、吐き気もない、寒気もない。でも体が動かない。ふらふらして起き上がれない、立てない、歩けない、時々手や体が少し震えてくる。

意識が戻ってしばらくして、自分が動けないことの意味をだんだん理解し、絶望的な気持ちになった。つまり、車も入れない山道の途中なので、担架で運んでもらわなければならない。バス停あたりで救急車に乗せられて近くの病院へ連れて行って貰い、うまくいけば午後退院、下手をすれば入院。大会関係者や家族に多大な迷惑と心配をかけてしまい、二度とランニングが出来なくなるかもしれないというお先真っ暗な気持ちだった。

思うに、意識については、徐々に低下していったようだ。最初は正常だったのが、だんだん落ちて行ったと思われるので、自分で自分の異常に気付かなかった。意識は薄れているのに本能だけでふらふらと走っていたことになる。左右に大きくぶれながら走ったと思われるので他のランナーに迷惑をかけたと思われる。

★総合的に考えては自分の状態は軽度の熱失神および熱痙攣、つまり熱中症の一歩手前だったと思われる。中度以上であればとても自分で歩いて帰宅は出来なかったはずだ。これを招いた要因としては、気温が24℃と高くなったこと。天気が良く日差しが強かったこと。スタート前、およびラン中での水分補給が少なかったこと。そしてなにより頑張りすぎたこと。と思われる。もし気温があと5℃低かったら、事前に100ccでも水分補給をしていれば、想定していたペースを守っていればリタイヤはせずに済んだ可能性が高いと思う。意識が徐々に低下していったことから自分で自分の異常を認識することはとてもできなかったと思う大山寺の給水所Bで適切な看護を受けたため大事にいたらなかったと思う。この点については再度感謝>給水所Bで助けてくれた人たち。
下にARES GPSのマップを乗せておく。ゴール手前800mの大山寺直下がリタイヤポイント。ゴール地点は西の茶屋。
R0088344

| | コメント (0)

2013.01.26

皇居ラン通算25回目

R0087318
月曜日ながら久しぶりに皇居を走ってきた。天気予報では午前中が晴、午後は曇で夜は雪で妙日まで降り続くとのこと。なので貴重な晴れ間を有意義に過ごそうというわけ。いつも使っている日比谷のランニングオアシスは平日は1130時からの営業なので使えず半蔵門のジョグリスを利用。ジョグリスはがらがらだった。それほど寒くは無かったが一応のフル装備のウェア(上はファイントラックのフラッドラッシュスキンメッシュ、ナイキのオレンジ色の長袖Tシャツ、下はC3fitのタイツにナイキの黒パンツ)とした。手袋、キャップにサングラス。
実は昨年秋以降、右腰の具合が芳しくなく十分に走れていない。右の大転子と腰骨の出っ張ったあたりに痛みや違和感があるのだ。股関節なのか中臀筋なのか上前腸骨棘なのか縫工筋なのかあるいは靭帯なのか神経なのか?まったく分からない。一度外科で見てもらったがレントゲンでは特に問題点は見つからず、レース前には痛みどめを呑んでおくといいよとセフゾンを処方してくれた。レースの時はそれでもいいかもしれないが練習時に痛みを止めて誤魔化してどうする。根本原因を治さなきゃ。股関節というのは人体で一番大きく複雑で、もっとも力のかかる関節なのだそうだ。仕方ないので違和感のある時は「ゆる体操」などをして股関節を緩めるように心がけている。右膝を伸ばし、踵を軸に指先を90度ほどくいっくいっと何度か回すだけ。これで痛みが治まるから不思議なものだ。そういうわけでここしばらくはせいぜいキロ5分半程度のマラソンペース(自分のペース)でしか走れていない。
なので皇居ではいつものようにキロ5分で10kmも走れれば良しと思っていた。
ジョグリスの若いおにいさんおねえさんに元気よく行ってきま~すといって外に出ると、青空で日も差してきていて条件はよさそう。半蔵門の公園で吸水し、滑り台で幼児を遊ばせるママを横目に少し柔軟やストレッチをし、シューズの結び目を少し水で湿してきゅっと結んでからおもむろに走り出す。月曜日の午前10時過ぎ。ランナーはほとんどいない。みんな仕事しているんだ。当り前。左手にお濠を眺めながら下り坂を走る。都道府県のタイルが100m置きにあるのでその間を30秒だ。ただ、下り坂なので28秒ぐらいで進む。あ、なんか調子いい。
桜田門はなんだか大規模な改修工事中で派手に囲われている。通れるのか通れないのか不明だったが、前を行く自転車が入って行ったので続いて行ってみたところ無事通過出来た。
桜田門前の広場にもランナー溜まりはなく、これまでの皇居ランで一番ランナーが少ないのではないかと感じた。いつもは大勢の観光客でにぎわう行幸通り辺りにも観光バスがおらず、走りやすい。竹橋からの上り坂もサクサク走れた。先日の雪がもしかしたらまだ残っているかもしれないと思っていたが、危険なところは無かった。結局一周目は23'48"だった。そのままの感じで2周目に突入。お濠にはカモがかなり見られたがキンクロハジロが多いようだった。竹橋辺りのランナーの溜まり場で若い女性ランナーが走りだそうとしていた。ピンクのTシャツがよく目立つ。ちょうど追い越そうという瞬間に彼女がスタートし、素晴らしいスピードで見る間に離されていった。頑張ってつこうとしたが徐々に離れてゆく。あ~。速い人は速いなぁ。2周目は23'45"だった。まだまだ大丈夫そうなのでもう一周行ってみることにした。半蔵門から最初の2kmは下りなので速め、3kmめは平たん、4kmめは登り坂、5kmめは平たん。ピンクの彼女ははるかかなたに時々見える。竹橋でゴールしたようだ。自分が竹橋に着いたのはその2分10秒後ぐらいだったので、一周を21'30"ぐらいのタイムで軽々と走ったようだ。自分が追い付いた時には軽く体操などしていて、今のはジョギングでこれから本番を走ろうか、みたいな雰囲気だった。最後の2kmを頑張って走り切り3周でゴールとした。23'41"
2周目と3周眼は桜田門を通らずお堀端を通ってみたところ、ARES GPSではちょうど1周が5kmと出た。1周目で桜田門を通ったためスタート地点よりも20mぐらいゴール地点が先になったようだ。写真はお昼ごろの皇居ランナー。まとまって走るグループもほとんど無いほどがらがらだったかった(写真下は大手門あたり)。乾門近くに少し雪が残っていた(写真上)。
平均してキロ4'45"の安定したペースで15km走れたので正直嬉しい。一番良かったのは股関節に痛みが全く出なかったこと。これで大山登山マラソンに向けて坂道練習やもう一段速い練習が出来るのではないかと思う。
コース:皇居周回コース3周、距離:15km、タイム:1:11'14"、平均心拍数:166、最高心拍数:182、1月度通算距離:60km
1月21日、皇居にて
R0087373

| | コメント (0)

2011.05.01

アジアイトトンボ未熟♂@鶴見川ビオトープ

R0049395 R0049396 R0049403 R0049402 R0049418 R0049411
29日(金)は朝から天気がよく自然観察日和だった。しかし地元の行事に参加しなくてはならず、ちょっと勿体無い一日だった。しかし、思ったよりも早く引け、午後3時ごろより少し時間が出来たので鶴見川ビオトープに行ってみた。毎回早朝にしか行っていないので昼間の様子も見たかった。
しかし、結局はアジアイトトンボしか見れなかった。未熟♂だった。2頭しか見ることができなかったのでごく少数が羽化しているものと思われる。これから増えるとは思うが。シオカラトンボやクロスジギンヤンマ、ギンヤンマの羽化殻を探したがまったく見つからず。カルガモのペアがヒメガマの草むらに隠れていて、こちらが顔をあげて気づいたときにはお互いにびっくりした。
ついでだが、今故障のため走れない日々が続いている。怪我をしたのは4月9日。新横浜公園までの15kmランをしたのだが、途中で右股関節外側に痛みが走り、小さな痛みだったのでそのまま我慢して走り終えた。だがそれから右の大転子がしくしくと痛み、いろいろ調べて大転子部滑液包炎と勝手に診断した。サロメチールを塗り一週間走ることを控えた。すっかり痛みが引いて怪我のことも忘れてしまった16日、軽くランをしたのだが1km地点で突然痛み出し、走ることができなくなり泣く泣く歩いて帰った。それから約2週間走ることを完全に控えていたのだ。そして金曜日、地域の行事の参加して再び強烈な痛みが再発してしまった。というわけでたぶん今後1ヶ月は走ることはできないと思われる。今年は1月が98km、2月は111.2km、3月は104kmとだいたい100km程度をキープしていたのだが4月は48kmで終わり、5月はゼロになりそうである。いい季節になりトレランなど行きたいところがあったので残念である。鶴見川の土手でランナーが走っているのを見ると羨ましくてたまらない。あぁ~。体がなまらないように代りにサイクリングでも励もうか?いや、自転車も大転子に悪いかもしれないので、体にお伺いを立てながらゆるゆるとかな。
4月29日、鶴見川ビオトープにて
R0049363

| | コメント (0)

2010.12.11

胃カメラ体験談

R0037654 なんとも皮肉なことに、胃が痛くなったのは人間ドックの直後からだった。人間ドックではバリウムによる胃のレントゲン検査を受けたが、どうもその検査が胃痛を引き起こしたのではないかと八つ当たりにも似た疑惑がむくむくと湧きあがっていた。空腹時に胃が痛むのである。夕方とか夜中2時とか。水やお茶を飲むと痛みは和らぐ。だが、鈍い痛みが続いているのにふと気づくと自分の健康状態を深刻に考えてしまったりして、暗いことこの上ない。夜中に胃が痛んで眼覚めてしまうことが幾夜か続き、我慢できなくなって、人間ドックを受診した病院の内科を訪ねた。
事前アンケートに症状を具体的に書いたところ、内科の医師はそれだけを見て、逆流性食道炎十二指腸潰瘍の可能性がありますねと指摘した。過去の人間ドックで十二指腸潰瘍痕とびらん性胃炎の指摘があったことを言うと、胃カメラで見てみる必要がありますねぇとおっしゃる。(出た!即座に)鼻からのやつできますか?と尋ねたら、「経口と経鼻の両方可能なんですが、経口のほうが見え方が断然良いんですよ。食道の出口付近などをよ~く見るには経口のほうが精確な診断が期待できるので経口でやります(きっぱり)」。
実は事前に少し知識を仕入れていて、経鼻のほうが患者の負担が断然軽いことを知っていてそれを望んでいたのだが、その淡い期待をあっさりと切り捨てられた。まぁしょうがないと、一気に諦めの境地に。
胃の内視鏡検査は予約が詰まっているようで、翌週の水曜日10時からとなった。その日までは毎日、胃酸を押さえる薬を飲むことになった。ガスターDガスモチンを夕食前に飲むこと。
その日の夕方から二種類の薬を飲み始めると、胃痛は嘘のように無くなった。一日一回夕食前というのも忘れないでよいタイミングだった。その後の一週間は胃カメラへの恐怖がじわじわと忍び寄るのを感じながらも、同時に胃痛からすっかりおさらばし、もう検査しなくてもいいんじゃないか?キャンセルしようかな?などと思うこともあった。だが、胃酸を押さえているというのは症状を出にくくしているだけであり、根本原因を治しているわけではないことは十分分かっていたので、翌週水曜日はちゃんと検査に出頭した。
当日朝は朝食なし。8時前にお茶を一口だけ飲んで出かける。前日午後から10月とは思えない真冬並みの寒波到来のため、なんとコートを着て行った。0950時にチェックイン。2階の受付にカードと検査票を出すと、血圧を測れという。待合室の片隅のマシンに腕を通して測定し、上が132、下が82、心拍数が59という結果を報告した。ちょっと高いのは緊張のせいかも。
どうせ長く待つことになるだろうとラドラムペーパーバックを読む気満々だったのだが、3行も読まないうちに名前を呼ばれた。
BMIの高そうな看護婦の指示を受け、名前・生年月日の確認をし、紙コップに入ったまずい液体を飲んだ。胃の中の泡を消す薬とか言っていたような気がするがよく覚えていない。飲めないほどまずいものではないが、普段こんな旨くないものを口にすることは無いという程度のまずい液体だった。胃の中に泡があるのが不思議だが、それをどういう機序で消すのだろうか。界面活性剤の逆なのか。続いてワイシャツを脱ぎ、ベッドに横になり、これまた紙コップに入ったできの悪い平たい氷を口に含むように指示される。解けた液がなるべく喉の奥に触れるようにするべしと。経皮の局部麻酔液とでもいうものだろうか。解けた液体はとても苦いものだった。なるべく口の奥に位置するように、口をあけて「あ~」というような感じで喉を開き気味にしているうちに、急に吐き気が襲い、ヒヤッとした。舌が痺れてきたのが分かるが喉が痺れた感じはしない。これでいいのだろうか?しばらくすると全部溶けてしまった。結局はそれを飲んでしまったので、食道や胃も麻酔されたのだろうか。
BMI看護婦は氷が解けるタイミングを体で覚えているらしく、完璧なタイミングでなんらかの回遊から戻ってきて「解けましたか?」と聞いてきた。グッジョブ!「ちょうろろけました」。あらら。口の中が痺れ、ろくに舌が回らなくなっていた。
次は胃の動きを抑える注射を左腕の肩付近にされた。これが結構痛かった。しばらく患部を揉んでいると、別の部屋に呼ばれた。あー、いよいよだ。
体の左側を下にしてベッドに横たわるとちょうど注射の痕が痛む。注射は右肩にしてくれれば良かったものを。医者がなにか言ったがなんだか分からないうちに突然ベッドの一部が盛り上がりびっくりする。でかい金属の箱と真っ黒くぶっといホースが蛇のように鎮座しているのがちょうど顔の前に位置してとまった。えっ?!これ、ちょっと太いのではないか?先端部はよく見えなかった。オリンパスのロゴが見えた。BMIが適正と思われる別の看護婦にマウスピースとやらをくわえさせられ、唾液は口の外に流すように言われた。
医師は黒いホースに透明のゲル状の何やらをぴーっと塗ったかと思うと、あれよあれよという間に口にカメラが差し込まれ、さらに喉に突っ込まれた。おいおいおいおい。このあたりが一番辛いところですが我慢してくださいとか言われながら、そのままぐいぐいと通過していく。何度か嘔吐反応が出た。喉の中を太いケーブルが通ったままの状態で喉が飲み込む動作をすると、すごく違和感というか痛みがある。そのまま息もできずもがき苦しんでいると、BMI適正看護婦がちょっと緊張が強いですねぇ。落ち着いてくださいねぇ。とか言葉をかけてくれる。がこちらはそれどころではなく、もうどうしていいか分からない状態でむせかえっていた。おえおえ。上半身に一気に汗がふきだしたような気がした。医者と看護婦の関心は哀れな患者の様子ではなく、モニターに映っている画像に集中していた。冷静に何か言い合いながらすでに何らかの処置をしたりしているようだったが、こちらはやっと鼻呼吸ができていて窒息死しなくても済みそうなことにやっと気付き、なんとか少し落ち着いた。しかし嚥下動作が起こるたび喉の違和感が強く、また小パニックになりむせる。いつの間にか眼をつむっていて涙がにじんでいた。こういうのを拷問と言わずしてなんと言えようか。腹部の下のほうを中からつんつんするような感触がした。突然丸くて大きな風船のようなものが上がってきてどうしても耐えられず、かなり大量の気体を大気に放出した。なんじゃこりゃー。ゲップを我慢するように言われた気もするが何がなんだか分からないんだから仕方が無い。そうこうするうちに「そろそろ終わりです」と聞こえたか聞こえないうちに再び喉を圧してカメラが戻ってきた。唾液やらなにやらのげろげろの液体が口からあふれティッシュを大量に使った。口は苦いし、舌も痺れたままで気持ち悪いことこの上なし。なんだかあっという間だった。3分ぐらいしか経ってないような気がした。

この医者はタイミングが速すぎるのだ。「○○します」と教えてくれるのはいいが、その後にちょっとでいいからを取れよ。患者の様子を見ずに自分の都合だけで事を進めるので乱暴に扱われたような印象が残るのだ。

ベッドからなんとか起き上がり、医師の隣の席に移ると、モニターで鮮明な画像を見ながら説明してくれた。食道から胃への入り口付近は白っぽい薄皮がむけたようになっていてその下が赤くなっていた。食道炎が確定。胃を通過して十二指腸に行くと明らかに小さくへこんだ部分が認められ十二指腸潰瘍も確定。胃壁を見ながら、医師は「ピロリのいそうな胃だなぁ」だそうだ。ピンク色でヒダヒダのある一見ふつうの胃壁なのに。自分には違いが分からないが、どこがどうなのでピロリ菌がいそうなのかはあえて尋ねなかった。それよりも初めて自分の胃の中を見て、珍しいというか、DVDにでも映像を焼いてもらって暇なときに観察してみたいような気もした。
一週間薬を飲んだが潰瘍が治っていないことが医師には意外だったらしい。ピロリ菌の除菌を行うと十二指腸潰瘍の根本原因を消すことができるが、逆に食道炎には悪影響があるので後回しせざるを得ない(この辺の論理はいまひとつ理解できなかったので後で調べよう)。まずは潰瘍を治すために前回より強い薬を出すことにしますという。3週間これを飲んで、次回の診察時にピロリ菌がいたかどうかも含めて今後の処置を考えましょうということになった。当方に異存はまったく無いので3週間後の診察の予約を入れてもらった。
元の処置室に戻り、BMI不適正看護婦に引き渡された。シャツを着て居ずまいをただし、口周りを何度も清めてから手動の血圧測定をおこなった。事前の値とほぼ同じだった。ごくごく稀に検査で出血し、それに気づかぬまま放置して大事に至ることがあるらしいので、血圧が下がってないかでそれを確かめるのだろう。何点か注意事項を説明されてから、待合室に無罪放免となった。
なかば呆然としたままトイレに二度ほど行き、口を清めた。口の中が苦く痺れていてとにかく不快だった。しばらくすると診察券やら処方箋やらのフォルダーを渡され、1階の会計に行く。しばらく待たされて6K円ほどを支払って病院を出ると外は快晴だった。
近くの薬局で前回と同じガスモチンと新しいパリエット25日分を約2K円と取引した。薬局で待つうちに口の痺れが突然晴れあがってくるのが分かった。BMI看護婦は11時までは水を飲むなと言っていたが、30分も早く開放されたようである。
しばらく休んでから朝食兼昼食を近くのうどん屋でとった。しつこい苦味ようなものは消えていない。また、やわらかいうどんなのに飲み込むと喉に違和感がしぶとく残っていた。飴玉がのどにつかえたような感じだ。この違和感は翌日の朝まで続いてやっと消えた。ふぅ~。

バリウム検査は検査中の忙しさ(あっち向きに回れだのうつ伏せになれだの右45度だの指示がうざい)と検査後のバリウム便が厄介(笑)で苦手なのだが、毎年やっていることもあり我慢できる。だが今回懲りたので内視鏡はもう二度とやりたくないと今のところ思っている。カプセル型のカメラをのんで、そのまま消化管を通過して排出するまで内部の写真を撮ってくるという製品のことを聞いた覚えがあるのだがまだ普及してないのだろうか。

| | コメント (2)

2010.11.01

赤とか黄とか青とか

またまた昨日に引き続き、この夏以降の未公開写真を紹介する。今日は赤黄青でまとめてみた。

R0036330
10月3日、四季の森公園の竹柵検索で見つけたアカスジキンカメムシ成虫。甲(翅鞘)の赤い部分がピンク色でまだ色がうすいので羽化間もない個体と思う。アカキンは幼虫はよく目にするが成虫はそうなかなか目にしない。が、この夏はよく見かけたように思う。これはぱっと見、緑だが、もちろん赤。

R0036564
同日、同所のオオアオイトトンボ。水車小屋付近で。これも見た目は緑だが和名から青。

R0036079
10月2日、神奈川北部にてキボシカミキリ。これは黄。

R0034196
9月12日、皇居東御苑のクロイトトンボ。これは和名が黒だが見た目で青。それから彼が乗っているのはアオミドロの島。これも青。

R0034292
同日同所のホオノキの実。漫画に出てくる人食い植物のようだ。栃の実を探していたのだがこの日は見つけられなかったのだった。確かめたが「ホオノキ」までが正式和名だ。これは赤。

R0037668 R0037678
10月23日、新横浜公園のキタテハセイタカアワダチソウ。これはどちらも黄。そういえばセイタカアワダチソウが蔓延り、外来種として騒がれたのが嘘のようである。最近のセイタカアワダチソウはずいぶん矮小化され、すっかり日本の自然に馴染んでいるように感じられる。

| | コメント (0)

より以前の記事一覧